2008年01月27日

建長寺に行って参る

建長寺の開山として迎えられたのは宋の名僧・蘭渓道隆です。国宝として寺に残る道隆自筆の「法語規則」に書かれてあるように厳しい規則と作法で門弟を指導しました。道隆は死後に大覚禅師という日本で初めての禅師号を授かっています。伽藍は中国径山 (きんざん) 万寿寺を模しています。ですから創建当時は中国禅宗様式の七堂伽藍の総門、山門、仏殿、法堂 (はっとう) 、方丈がほぼ直線上に並び浴室と東司 (とうす) とが山門前の左右にありました。最盛期では僧侶約1000人、塔頭は49院もありましたが、たびたび火災にあい古い建物は焼失し幾度か再建を繰り返していました。現在の建物の多くは江戸幕府により再建されたものです。

※建長寺の話
建長寺にまつわる話は数多くあります。狸山門、梶原施餓鬼、乙護童子、謡曲「鉢の木」、狂言「鐘の音」、けんちん汁、百貫点、きれいにする意の「建長寺」、半僧坊の事、徒然草の「障子張りの話」「酒の肴の味噌の話」、太平記の尊氏謹慎の場、等々その他にも沢山あります。また、境内には織田有楽斉(信長の弟)の墓、江戸時代の豪商河村瑞賢の墓等もあります


ラベル:建長寺
posted by さむらい at 15:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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